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2009年07月13日

小説 バンパイア〜最終章

6  愛と命

「兄ちゃま、遊ぼう。椿、つまらない。」
 書き物をしている柘榴の横で椿が言った。精一杯の甘えた声だ。
「ネ、森に行こう。木いちごを摘みに。」
「今、勉強で忙しいーんだよ、オレは。またあとでな。」
 脇目もふらず、彼はペンを走らせる。
 椿は、そんな彼を見上げながら「まだあきらめないぞ。」という表情で、彼の服の裾を引っ張って言う。
「今じゃなきゃ、ヤ。」
「わがまま言うなよ。」
「わがままじゃないもン。姉ちゃまはまだ寝ているし、父ちゃまも母ちゃまもお出かけしちゃったし。椿、ずっと遊んでもらってなくて、可愛そうなの。」
 だから、わがままで言ってるんじゃないの。
 彼は、ようやくペンを机に置いた。そして、 椿の方に向きを変えると、きつい口調で言う。
「お前、『わがまま』の意味知ってるか?」
 柘榴はその子の返事を待つ間に大きなため息一つつく。しかし返事は返らない。
「お前、やっぱり知らないんだな。『わがまま』っていうのはな、他人の迷惑をも考えずに、自分中心で人に頼み事をすること、を言うんだぞ。」
 だから、今のお前はわがままを言っているの。オレは忙しいんだから。
 何を言っても森に連れていってもらえないことを悟ると、椿は静かにその部屋を後にした。
 寂しくなるから、居間に一人でいるのはやめよう、と椿は考え、蓮華の部屋までやってくる。
 いても寂しくないところ。
 小さくドアをノックすると、自分の目線と同じ高さにあるドアノブを回し、椿は静かに部屋に忍び込んだ。蓮華は、片手だけ布団から手を出して眠っている。
「最近、姉ちゃまったら寝てばっかり‥‥。」
 幼いながらも気を遣い、布団の中に手をしまってやる。椿は、床に腰を下ろすとベッドの縁に頬杖をついた。真っ白な顔、呼吸とともに上下する胸、しばらくの間、その子はじっと見つめていた。
「一人で森に行ってしまおうかな‥‥。」
 蓮華にこの言葉が聞こえて、目を覚ましてくれたらいいのに。
「一人で森に行っちゃいけないって言われているけれど、椿、もう子供じゃないし。すぐに帰ってくれば、大丈夫よね。そうよ。誰にも知られなきゃ問題ないのよ。」
 ちょっと背伸びしたその子には、大人の力 にも知恵にも、何においても全く及ばないことがわからない。
 木いちごの誘惑に勝てず、そんなことをつぶやき、自分を納得させた。
 蓮華が目覚めたとき、すでにその場に椿はいなかった。
 彼女は、随分と深く、そして長く眠ったなと思いつつ、普段と同じように着替え、部屋を出た。
 家中静かで、人の気配がしない。
 義父さまも、義母さまもでかけたのかな‥‥。‥‥椿も?
 椿がいれば、少なくとも、足音か声がするはず。しない、ということは居ないということ。
 柘榴は?
 蓮華は柘榴の部屋をノックしてみる。
 気配はする。そして、すぐに返事が返ってくる。
「やっと起きたのか。」
「うん。」
「随分と寝ぼすけになったな。丸二日は寝ていたぞ。」
「そんなに寝ていた?」
 蓮華は柘榴のベッドに腰を下ろした。柘榴も彼女のとなりに座る。
「このまま目覚めないかと思ったぞ。」
 もっとも、お前が眠るときにはいつも思うが‥‥。
 柘榴は蓮華の頬をつまみ、茶目っ気たっぷりに引っ張ってやる。
「いふぁーいよぉ。ほンなコトより‥‥。」
 手を離してもらわないとうまく話せないことに気づき、蓮華は柘榴の手を引き剥がす。
「義父さまと義母さまは?」
「会議に出かけたよ。明日遅くにならないと帰らないだろう。」
「そう。」
 気配がないのはそのせい。
 あ‥‥でも‥‥。何故か嫌な予感がする。
「椿は?ついていったの?」
「いや、居るよ。さっきまで、オレの横で何かゴチャゴチャ言ってたぞ。お前が寝てばっかりだから、よっぽど暇を持て余してるらしいな。」
 それを聞くと蓮華は口に手をあてて「あれ?」という顔をする。
「何だ?何がそんなに心配なんだ?椿ならその辺をふらふらしているだろ。」
 見なかったか?
「庭に出ているのかもしれない。ちょっと見てくる。」
「何か食ってからにしな。腹減ってるだろ。キッチンに色々あるってさ。」
「そうね。‥‥柘榴、椿何か言ってなかった?」
 うつむき、何処か遠くを見つめながら考え事をしている様子。
「森にいつご摘みに行きたいって騒いでた。‥‥もしかして、椿が一人で森に行ったんじゃないかって考えてない?あそこには一人で行くなって言ってあるから心配いらない。」
「‥‥そうね。」
 蓮華の顔から不安の色は消えない。
 蓮華は少し心配症なところがある。
 確かに、森に一人で行ってはいけないって言ってあるけれど、椿だからな‥‥。
 森はゴーストの住処だなんて聞いたら絶対行かないだろうけど、椿はそれを知らないし。‥‥行ってないとは言い切れない。あの子にとっていちごの誘惑は大きいからなぁ。 蓮華は自分の部屋に戻り、ベランダへ出ると庭を見回した。椿の姿は見えないし、気配もしなかった。
 彼女は顔を右へ向けた。うっそうとした森が目に入る。
 手を組み、目を閉じた。こうすると周囲の気配がわかりやすくなるのだ。
 森のある方角‥‥真黒。闇の黒ではなく、悪の黒。そして、その中にわずかに光る黄金色。‥‥椿だ。
 柘榴に知らせようとか、防御力の高い服に着替えようとか、これから起こりうるゴーストとの戦いの対策は何も考えなかった。ただ、椿を助けに行く、この気持ちだけが彼女を無防備なまま闇の中へと飛び出させた。
 椿の気配をたぐりながら、一直線に突き進む。
 落ち葉を蹴り、枯れ木を踏み、とがった草たちをかきわけて行く。
 彼女の白い素足から血が滲む。
 足の裏から、ふくらはぎから、踝から‥‥。 飛んでいけば楽だろうけれど、これから起こりうる戦いのために魔力をとっておかなければならない。
 いた!椿だ。
 そこは、生えている木も少なく、川が流れていた。椿はその川沿いの低い木の下にうずくまっていた。
「椿!」
 大声でその子の名を呼び、蓮華は走り寄る。
「何処か、怪我したの?大丈夫?」
 うずくまって、じっとしているように見えたから、彼女はそう声をかける。
「姉ちゃまぁ!どうしたの?そんな大きな声出して。」
 蓮華の心配なんてよそに、椿は無邪気な声で振り返った。
「ねぇ、怪我はない?大丈夫なの?」
 椿の両頬に手をあて、いつもの蓮華からは考えれない強い口調で言った。
「怪我なんてないよ‥‥。姉ちゃま、怒ってるんだ。椿が約束破ったから。」
 頭をうなだれて、消え入りそうな小さな声。
「でも、どうしてここがわかっちゃったの?椿、誰にも気づかれないようにお家を出てきたのに。‥‥悪いとは思ったのよ。でも、すぐ帰れば‥‥。」
 しどろもどろ言い訳をする椿の言葉を蓮華が遮る。
「そんなことはいいから、帰るわよ。」
 有無を言わせない命令口調。
 いつもの蓮華と全く違う。
 別人とも思わせるその様子に、椿は驚き、大人しく従った。この森を無事に出ることができるだろうか。
 蓮華は不安を抱えながらも、小声で呪文を 唱え、椿を結界で包んでやった。魔力もあまりないし、修行もしていない。そのため、柘榴のものとは比べものにならないくらい弱いが、それでもないよりはましだ。
「姉ちゃま?」
 これから何が起こると言うの?
 説明のない蓮華の行動に椿は戸惑うばかり。
 手をさしのべ、走りながら、いちごの入っ た籠を抱える椿を急がせる。
 暗黒の気配が近づいてくる‥‥。
「姉ちゃま‥‥何をそんなに急いでいるの?ゆっくり帰ろうよ。息切らして苦しそう。」
 体力の衰えている蓮華には、ほんの少し走ることさえ苦しいのに。
 なのになんでそんなに急いで帰るの?
 ただ、彼女の荒い呼吸だけが森中に響く。
 喉が渇く‥‥。苦しい。唾がうまく飲み込めない。
「姉ちゃま!足から血が出てる。」
 ちょっと止まって落ち着こうよ。
「椿のこと、怒ってるから答えてくれないの?」
 答えないのではなく、答えられない状況だった。声が出ない、出す余裕がない。喉の奥で血の味がした。気持ち悪い。
 椿はそれっきり黙ってしまった。きっと何も答えたくないくらいに怒っているんだ、と解釈していた。
 蓮華は度々後ろを振り返る。
 走ってきたところは闇に閉ざされていて、何も見えなかった。それなのに、迫り来る恐怖を感じる。
 もうすぐ家に着くの‥‥。逃がしてよ!
 すぐそこ。
 すぐそこにゴーストが来てる!
「あ‥‥。」
 強い風を感じた。
 直後、背後から鷹の爪のような攻撃。
 それを間一髪で交わし、彼女は振り返った。
 暗闇のせいではっきりとした姿形が見えないけれど、ゴーストは確かにそこにいる。
「キャー!」
 椿が叫んだ。
 刹那、ゴーストの標的が椿へと変わる。
「椿!逃げなさいッ。」
 ゴーストの行く手を阻むように蓮華が両手を広げた。
「あなたの敵はこの私よ。」
 私の魔力では太刀打ちできないだろうけど、でも、椿は絶対守る!
「椿!逃げるの。」
 椿の応答がない。
 蓮華がその子の名を呼びながら振り返ると、恐怖で放心していた。
「椿!」
 ゴーストの鋭い爪が蓮華を襲う。彼女は枯れ木の中に倒れ込んだ。
「‥‥ッ!」
「姉ちゃま!」
 ゴーストは二人の恐怖をあおるように、じりじりと近づいてきた。もう自分のものになる、と確信したからこそ、ゆっくりと近づいてくる。
「逃げなさい。」
 蓮華を抱き起こそうとする椿に言った。
「ここからなら、一人で家まで行けるわね。」
 蓮華は椿の手を借りようとせず、自分で起き上がる。
「今なら、アイツ油断しているから逃げられる。」
「姉ちゃまは?一緒に逃げるんでしょう?」
「私は‥‥アイツをやっつける。行きなさい。早く。」
「でも‥‥。」
 椿のせいだ!椿が約束を破って森になんか来たから‥‥!
 椿は激しく後悔した。
 涙がポタポタ落ちてくる。
 その姿を見て蓮華はその子の気持ちを理解した。
 だから優しく言う。
「ね、イイ子ね。お家へ戻って、柘榴を呼んできて。出来るわね。」
 椿は涙を拭き拭きうなづいている。
 椿が動き出したら、ゴーストは即それを追うだろう。だから、それを遮るための攻撃が一度だけ、一度だけ出せればいい。それで椿は守れる。一度だけ、柘榴みたいな大きな魔力が欲しい!
 蓮華は木につかまり立ち上がった。
「椿、行きなさい!」
 それが合図。
 椿は一目散に駆け出す。
 それと同時に蓮華は光の矢を放った。
 私の中の柘榴の血‥‥力を貸して!
「蓮華?」
 蓮華がオレを呼んだ?
 振り返って意識を家の中に集中させる。
 いない!?
 蓮華の気配はおろか、椿の気配さえ感じられない。
 柘榴は慌てて窓を開け、ベランダに身を乗り出す。
「‥‥!なんであいつっ。」
 森の中でぶつかりあう金と暗黒。
 金は蓮華‥‥。
 何故あいつ森なんかにいるんだ?さっきまでオレとここで話していたじゃないか。
 理由が解からない。
 とにかく、こんなところで考えてる暇はない。早く蓮華を助けないと大変なことになる。風に乗って蓮華のもとへ。その時、結界に包まれて森から出てきた椿が目に入った。
「兄ちゃま!」
 一声叫び、その子はその場に泣き崩れた。
「姉ちゃまが‥‥。」
 途切れ途切れの声で、椿はそう言い続ける。だが、何があったのか。椿が森から出てきたことで、彼にはようやく事態が把握できた。
「椿!蓮華がどうした?」
 椿の頬を引っぱたきたくなる衝動をこらえて、柘榴は言った。
 畜生!もっと早くオレが椿がいなくなっていたことに気づいていれば。
 あれだけ勉強に集中していた柘榴には、小さな椿の気配の移動に気づくのは難しかった。



 椿はちゃんと家に着いたかしら‥‥。
 蓮華の体はもう動かなかった。椿を守るための結界と、あの光の矢。彼女の魔力はそれだけで全て使い果たした。今やゴーストは怒り狂っている。傷つけられ、せっかくの獲物を逃がす結果となった事態に怒っている。そしてその怒りはすべて蓮華に向けられた。
 ゴーストは必要以上に蓮華を痛ぶる。もはや抵抗する魔力など残っていないと言うのに。
 蓮華の体は枯れ木の上に、仰向けに横たえられていた。枯れ木は彼女の体をつついたけれど、そんな痛みはもう感じない。それ以上に感じる体中の痛み。脇腹を蹴られ、背中をひっかかれ‥‥。
「あーあ‥‥椿の摘んだ木いちごがぐちゃぐちゃだ‥‥。」
 顔を傾け、自分の横に倒れている籠を見つめる。
 どうなるのかな‥‥私。このまま死ぬのか‥‥な。
 みぞおちを強く蹴られ血を吐き出した。
 でも‥‥それは私の望み。
 もし私が死んだら‥‥。
 椿は自分が約束を破ったせいだと一生後悔し続ける‥‥?
 それは可愛そうだ、と蓮華は思う。自分の命なんかさほどの価値もないのに、そのために椿が一生後悔するのは割にあわない、とも思った。
 悪いのは魔力のない私‥‥。血を飲まない私なんだから‥‥。
 魔力があれば。椿を泣かせることも、恐がらせることもなかった。あの時、柘榴とともに戦い、手伝うこともできた。きっと今頃、木いちごのたくさん入った籠を持ち帰り、ジャムにしたり、ケーキにしたり。椿と楽しくそんなことが出来てただろう‥‥な。椿を泣かせるくらいなら、我慢して血を飲んでいれば良かった・・・?。
 血を飲んでれば良かった。
 ‥‥バンパイアが血を吸って魔力を得、永遠に生きるのは何故だろう。
 不意に今まで考えたことのない問題を考える。
 痛みで余裕なんてないはずなのに‥‥。
 ゴーストをやっつけるため?
 答え知りたいな。柘榴だったら知ってるかな‥‥。
 でも、わかるまでもたない‥‥。私の体。
 バンパイアが死ぬ時はどうなるのかしら・・・体は残るの?砂のように跡形もなく散らばってしまうの?
 「私」がここに存在していた証・・・何もかも全てきっとなくなってしまうんだわ。意味なく生きてきた私。誰も何も何処にも残らない。
 それをずっと望んできた。
「柘榴‥‥。」
 柘榴は何でも知ってる。だから、きっと魔力を得て永遠に生きる理由も知ってる。それぐらいは教えてもらってから死にたかったな。
 もう会えない。だから知る術もない。
 ああ、もう柘榴とも会えないのかぁ。
「会いたいのに‥‥。」
 会いたい。この手で柘榴に触れたいのに。
 愛しい‥‥。傍に居てほしいの。
 柘榴!恐いよ。
 このまま私死んじゃうの‥‥恐いよ。
 傷は一向に治らない。
 それは彼女に魔力がないため、そしてゴーストのもつ毒のため。
 もう‥‥だめ‥‥なんだ。
 涙が地面と同化する。
 柘榴の笑顔がみたい。声が聞きたい!
 最後の一撃。ゴーストが構えている。
 蓮華は体をすくめ、目を固くつむり覚悟を決める。
 ゴーストが動く‥‥。
 !
 温かい風が蓮華の上を通過する。
 何?
 私は何ともない‥‥。
 そしてゴーストの断末魔の叫びが聞こえた。
 何故?叫び声を上げて死ぬのは私のはずなのに、私生きてる‥‥。
 恐る恐る目を開けてみるが、地面しか見えない。
 起き上がって状況を確かめたくても、体が言うことを聞かない。
「蓮華、大丈夫か?」
 枯れ木を踏み分ける音がし、影が出来た。
 優しく、穏やかな柘榴の声‥‥。
 蓮華は自分の耳を疑った。
 でも、間違えるはずがない。愛しい人の声を‥‥。
「蓮華、意識はあるか?」
 柘榴は大きな手を彼女の体に回すと、魔力を送り込みながらに抱き起こす。
 彼女の顔は苦痛に歪み、血と泥にまみれていた。それでもちゃんと目は開き、彼の顔を見つめ、呼吸もしている。
「悪かったな‥‥遅くなって。話せるか?」
 彼女は震える手を伸ばし、やっとのことで彼の胸に触れる。
「ずっと‥‥会いたかった‥‥。」
 柘榴は蓮華の顔に自分のそれを近づけて、聞き取りにくいか細い声をなんとかして、聞こうとする。
「もう会えないって‥‥。死んじゃうって思った‥‥。」
「馬鹿。バンパイアが死ぬわけないだろ。」
「うん‥‥。」
 彼女は彼の腕にその身を委ねる。
 温かくて柔らかいところ‥‥。枯れ木の上とは大違いだな。
 蓮華は目を閉じた。すると、たまっていた涙が押し流される。
「私の居るところ、よくわかったね。」
「お前の中のオレの血が呼んだ。」
 柘榴はそう言うと口元に笑みを浮かべる。
「さぁ、帰るぞ。お前はこのままオレの腕の中で眠ってしまえ。」
 彼女の顔を自分に寄りかからせ、抱きかかえて立ち上がる。
「ん‥‥でももっと話したいことがあるの。」
「ああ、家に帰ったらな。」
 今はゆっくり休め。そして後でたくさん話そう。オレも話したいことがある。お前が森でゴーストと戦っている、と気づいたあの時思ったことがある。
 柘榴はゴーストが居たところに一瞥をくれてやると、足早にその場を去った。
 蓮華をぎゅっと抱きしめながら、柘榴は今までにない怒りを感じていた。
 居なくなった二人に気づかなかった自分。約束を破った椿。蓮華をこんなにも傷つけたゴースト‥‥。
 怒りが制御できない。
 制御できない怒りはただ一人に対してぶつけられる。
 家に戻ると、椿が蓮華の部屋の前でしゃがみこんで泣いていた。
 柘榴が近づくと、その子は飛びついて蓮華の様子を見ようとする。
「椿!蓮華に感謝しろ。オレの両手がコイツでふさがっなければ、今頃殴っていただろうからな。」
 ひどく冷たい声で言った。
「お湯とタオルと薬箱持ってこい。」
 椿は文句を言わずに走っていく。



「よく頑張ったな。」
 蓮華が目を覚ますと柘榴だけが傍に居た。
「椿は?あの子は怪我なかった?」
 そう言った瞬間、柘榴の顔が険しくなる。椿に怒りを抱いてる。
「大丈夫だ。お前のおかげでピンピンしてる。」
「椿、呼んで。泣いてるでしょ、あの子。それから、記憶を消してあげて。」
「あんな奴、ほっとけよ。もとはと言えばアイツのせいだぜ。」
 お前がこんなに傷だらけになったのも、何もかも。
「そりゃ、家を出たお前と椿に気づかなかったオレも悪いが、アイツが約束さえ破らなければ、こんなことにはならなかった。反省すりゃいいんだ。」
 記憶なんて消す必要はない。
「柘榴、そんなこと言わないで。私がこんなに傷だらけになったのは、私に魔力がなかったせいだから。私に魔力があれば、椿をあんなに泣かせずに済んだから。約束を破った椿も良くないけれど、これ以上責任を感じる必要もないもの。椿はこんなことに耐えられるほど、まだ大人じゃないでしょう。」
 これは前に柘榴が言ったことよ。
「何を偉そうに‥‥。」
 柘榴は蓮華に背を向けた。
 彼の声は心なしか涙声になっていたように思えた。
 彼女は彼の肩に手を伸ばしたが、届かない。何とか届かせようと、体を動かそうとする。そして起こる激痛。
「痛いっ。」 それを聞くと柘榴は慌てて振り返る。
「何やってんだよ。大人しく寝てろ。」
「ごめんなさい‥‥。」
 蓮華は少し目を伏せていった。
「お前の言いたいことは解かったけど、記憶は消さない。オレはアイツを許せない。」
 お前は優しすぎる。
 柘榴は鼻をグスグス言わせると、再び蓮華に背を向ける。
「でも!悪いのは私なの。血を飲まなくて、魔力のない私なの。」
「だから、何なんだ?それはどうしようもないことだろ。」
 お前は血が飲めないんだから!
「だからね、決めたの。‥‥私、血‥‥飲むよ。」
 それを聞いて柘榴は振り返る。
 蓮華は真っ直ぐな視線で、決意を表わしていた。
「私ね、死にそうになったとき、どうしてバンパイアは血を吸って、魔力を得、永遠に生きるのか考えたの。」
 少し、息苦しそうにしながらも、蓮華き頑張って話し続ける。
「ゴーストを退治するためなのかなって思ったの。」
 柘榴はうんうん、とうなづいている。その目は赤い。
「人間は殺したくないし、血を飲むのも恐いけど、でも、もう椿をあんな目に会わせたくないし、ゴーストを退治するためなら‥‥。」
 それに、今、柘榴と少しでも永く傍に居たいから、生きていたいと思う。
 蓮華は体中に痛みを感じているはずなのに、何故かすっきりとした表情をしている。
「うん‥‥良かった。血を飲むって言ってくれて。オレうれしい。」
 彼は彼女の頭を撫でている。何度もうなづきながら、撫でている。
「オレ、お前にはずっと元気で傍に居てほしいって、いつも思ってるんだぜ。お前が居なくなると、心配でさ。どっかで倒れてんじゃないか、とかすぐに思っちまう。今日もそうだ。間に合わなかったら‥‥なんて縁起の悪いことばかり頭をよぎってさ。」
 これで、そんな心配もいらなくなるな。血を飲むようになれば元気になるもんな。‥‥そうしたら、お前は何処か遠くへ行ってしまうだろうか?
「柘榴、本当にいつも心配かけてごめんね。」
「いいよ‥‥。おしゃべりはこの位にして眠ったほうがいいな。」
 柘榴は蓮華のまぶたに手を置き「閉じなさい。」という仕種をする。
「目を閉じたまま聞いて。オレは、お前の世話やくの、結構嫌いじゃないんだ。あのな‥‥。」
 森の中にお前の気配を感じたとき、お前を失うことの恐怖を感じた。もう、迷わない。傍に居てほしいから。
「蓮華、好きだ。ずっとオレの傍に居てくれ。」
 柘榴の手は蓮華の顔からはなれ、彼女の両手を握っていた。
 蓮華は予期せぬ柘榴の言葉に、閉じた目を開けた。
 大きく見開き、彼を見つめる。
「‥‥オレはずっとお前の傍に居たい。お前はオレが守るから、二度とこんな怪我はさせない。」
 柘榴は蓮華の寝ているベッドに座り直す。
 彼女の頭の脇に肘をつくと、彼女の頭を抱え込むようにした。
「じゃぁ、私が血を飲むときも傍に居てくれる?」
 きっと一人じゃ恐くて飲めないから‥‥。
「勿論。」
「ずっと居てくれるの?絶対?」
「ああ。」
 柘榴は短く答えた。
 彼は額をくっつけた。蓮華は恥ずかしくなって思わず目を閉じる。「目を閉じたら駄目だよ。」
「?」
「いいから、開けたままで‥‥。」
 唇が重なり合う寸前まで、視線をあわせ、彼らは長い間空気を共有した。
 瞳を閉じない接吻。
 それは彼女への愛が嘘ではないことを示すため。
 何故?何故‥‥銀杏とはできなかったのに、柘榴とは接吻できるの?
 彼女はその時、確かに彼の愛を感じ取り、彼が自分を幸せにしてくれることを実感した。何故受け入れられるの?
 熱くて柔らかい唇同士は名残惜しそうに離れる。
 だが、柘榴の顔は離れない。
「お前の答えは?」
 お前もオレと居たいと思うか?お前もオレのこと好きか?
「私、この前海に行って銀杏につきあってって言われたの。」
「何!?」
 柘榴は驚きが隠せない。銀杏が本気だとは、全く思っていなかったから。
「まだ、返事してないの。キスもできなかった。」
「ちょっと待て!銀杏の奴、キスまで迫ったのか?」
 許さん!
 皆まで聞かず飛び出しそうになる柘榴の手をつかまえ、留まらせ、蓮華は続けた。
「何故、キスできなかったのか‥‥。今何となくわかった気がするの。私が好きなのは柘榴だったの。」
 愛とか恋とか、あまりよくわからないけれど、柘榴とずっと傍に居たいって気持ちは嘘じゃない。ずっと触れていたい気持ちだって嘘じゃない。
「元気になったら言ってくるわ。好きな人がいますって。」
 見つめ会う二人。思わず笑みがこぼれる。
 甘い時間が二人を包む。そして、再び唇を重ねる。
「柘榴‥‥ありがとう。とても安心した気になれる。」
「良かった。このままおやすみ。」
 ああ、でもまだ椿と話してないわ‥‥。
 それなのに眠気が襲ってくる‥‥。
「おやすみ、蓮華。目が覚めたら、オレの血をあげるから。」
 お前の中にオレの血があれば安心だ。
 この血がお前を守るから。
「椿の・・・記憶だけ・・・消してね・・・それから・・・それから・・・。」
 柘榴‥‥目が覚めたときも傍に居てね・・・。

the end
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2009年07月09日

小説 バンパイア〜5

5  迷い

 漆黒の闇を照らしだしていたのは満月。その光は、閉じたまぶたの裏側にまでしみ込んでくる。また、満月の光は、波にぶつかり、弾け、散る。砂浜をかけあがり去っていく波とともに。太陽の光に照らされる白鳥の羽根を思わせるはずの砂浜は、今や海の色と大差はない。
「きれい‥‥。」
 風に吹かれる髪を手で押さえながら、蓮華は砂浜に立っていた。
「ここにはよく来るの?」
「ああ。好きなんだ。ここでぼーっとしてるのが」
 銀杏が言った。
「何だか、変な気分。」
「どうして?気分でも悪い?」
「ううん、違うの。そうじゃなくてね、ほら見て。」
 彼女は両手を広げ、その場でゆっくりと回転してみせる。
「砂浜と海、海と空。境目がなくて‥‥。海に潜る気分て、こんな感じかなぁ?」
「オレは空に包まれてるみたいな気がする。」
 お互いに顔を見合わせると微笑みあった。
「ねぇ、海に潜ってみたい!」
 蓮華が波音に負けない大きな声で叫んだ。
 スカートのすそを持ち上げると、海に向かって走り出した。
「冷たい!」
 足の指先で海水を蹴った。
 それから、足裏で水と砂を同時に踏み進む。膝下までを海水に濡らすと、彼女は振り替える。海の滴が彼女にまとわりつきながら、満月の光を散らせていく。彼女が無数の星に包まれているように見えた。
「いい?」「え?聞こえない!」
 銀杏は蓮華から目を離さずに、大気の中を進む。
 そして蓮華の両脇を抱え持ち上げる。
「ねぇ、海に潜ってみたいの。」
「だめ。そんなことしたら、君が見えなくなる。」
 ちょっと頬をふくらまし、眉間にしわをよせる。ちらっと海を見、手を振り切ってでも潜りたいと思う。
「きれいだね‥‥。」「うん‥‥。きれいな海。」
 だから、潜ってみたいの!
「きれいなのは君だよ。」
 蓮華の体が硬直する。
 勿論、それは銀杏の手に伝わる。
「ダンス・パーティでオレが言ったこと覚えている?」
「なあに?」
 “言ったこと”なんて‥‥たくさん話したじゃない。
 沈黙が訪れる。
 銀杏がゴクッとつばを飲み込んだ。聞こえるんじゃにないか、と思われるその音は、波音にすっかり掻き消された。
「君が好きだ!つきあってくれないか?」
 嘘偽りのない視線。
 何時の間にか蓮華は自分の力で大気の中に居、少しずつ後退しようとしていた。
「蓮華ちゃん‥‥。返事はすぐでなくていいんだ。」
 銀杏は離れそうになる蓮華の肩をつかんだ。そっと‥‥。
「よく考えてほしい。待ってるから。」
 一呼吸おいて銀杏は更に言葉を続けた。
「‥‥キスしてもいい?」
「あ‥‥。」
 なんて言っていいか分からない。言葉が出ない。体中が脈打ち、熱くなる。
「目を閉じて。」
 銀杏の顔が、体が近づいてくる。
 接吻すれば、全てがわかる。
 義母親の言葉が頭をよぎる。
 接吻‥‥するの?
 好きな男性が二人現れて、迷ったら接吻して決めなさい。そうすれば、全てがわかるわ。
 これも、義母親の言葉。
 接吻‥‥。
 銀杏の顔がもうすぐそこ。
 やっぱり‥‥。
「駄目‥‥。ごめんなさい‥‥。心構えが‥‥その‥‥。」
 目をぎゅっとつむり、うつむく。
 銀杏の体が少し遠いたのを感じた。
「ああ、そうだよね。ごめん。気が早かった。まだ、つきあってもないし‥‥。」
 オレとしたことが、自分の気が抑えられないとは情けない。恋愛に焦りは禁物‥‥。
「ん‥‥あ‥‥ごめんね。少し考えさせて。」
posted by houmonkangoshimama at 08:11| Comment(0) | 小説 タイトル 「バンパイア」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

小説 バンパイア〜4

4  嫉妬

「ほとんど初めてに近いな。お前がこんなふうに外に出かけるのは。」
「うん。」
 大きな屋敷の扉をくぐり、柘榴と蓮華は真っ直ぐにダンスパーティーの会場へ向けて足を進めた。
「お前が外にでかけるのは、食事にオレたちが連れ出すときぐらいか。」
「そんなことないよ。」
「だって、あとは庭で遊ぶぐらいだろ。」
「う‥‥ん。まぁ、そうだけど。」
 人との触れ合いをあまり好まず、血も嫌いな蓮華はこれまでまったくと言っていいほど、外で仲間と遊ぶことをしなかった。だから、当然遊ぶ仲間もいない。
「緊張するか?」
「うん。」
 蓮華は卵の殻を破って生まれたばかりのひよこと同じ。これから初めて外の世界を、バンパイアの社会を知る。
 広い廊下のつきあたりは、ダンスパーティーの会場だった。開け放された扉の向こうで、色とりどりのドレスを身に纏った女性たちが可憐に舞う。シャンデリアの光は彼女たちのドレスにぶつかって散る。散っていく桜の花びらのように。
 蓮華は扉の一歩手前で足をとめた。柘榴の腕にからめた自分の手に力が入る。
 やっぱり、行くのやめよ‥‥。
「恐いのか?パーティーなんてどうってことないんだぞ。」
 そこで柘榴は一呼吸おくと蓮華の手をとった。
「さ、行くぞ。中では、家にいるときみたいにフワフワ飛び回るなよ。それから、酒飲み過ぎるな。」
 蓮華は無言のまま柘榴を見上げ、首を縦にふった。
「ピッとしろよな。」
 最後に義母親に切ってもらい、アップにした頭を撫でると、彼は蓮華をつれて会場に踏み込んだ。
 扉の向こうから見るよりも、ずっとずっとまぶしかった。遙か遠くの天井から下がるシャンデリアの光は強すぎるくらいだった。蓮華はすっかり雰囲気に飲み込まれていた。
「踊ろう、蓮華。」
 柘榴は蓮華の手を引いて自分に寄せた。そして耳元で囁く。
「お前が一番きれいだよ。」
 軽くステップを踏むと蓮華を中央へ連れ出した。蓮華は柘榴の言葉に恥ずかしそうにうつむいている。
「ダンスをするときは、瞳をみるものだ。」
 彼は言う。
 言葉に従い蓮華は柘榴の瞳を見た。
 二人は心からの笑顔で見つめあう。
 きれいだ‥‥。
 と、柘榴は思う。
 人の目を気にせず、こんなに近くにいられるなんて‥‥。
 ずっと、蓮華とこうしていたい。いけないのだろうか‥‥。世間では兄妹で通しているが、もともとオレたちは兄妹のではないのだから。オレがこうして蓮華にずっと触れていることは、いけないのだろうか‥‥。
「柘榴‥‥とってもダンスが上手なのね。」
 柘榴とこうしていると、とてもあたたかい気持ちになる。安心する。
 一曲が終わる。フロアの人たちが入れ代わる。
「蓮華、オレの仲間を見つけた。紹介するよ。」 
 踊り終わるとすぐに柘榴は蓮華の手を引き、窓際の一角にあるテーブルに寄った。柘榴が挨拶がわりに手をあげると、一人の男性がそれに答える。その人は柘榴より少し背が高く、肩につくかつかないか、という少し長めの髪で、木製のタキシードのタイが印象的だった。
「銀杏っていうんだ。オレの妹の蓮華だよ。」
 蓮華が軽く会釈すると、銀杏は彼女の手に接吻した。それから柘榴は、髪を切る前の蓮華と同じ位長い髪をした石蕗という名の女性を紹介した。
「はじめまして。」
 そう挨拶をかわすと、石蕗は言った。
「とてもかわいらしい妹さんね。ねぇ、こっちへいらっしゃいよ。まだ、何も食べていないでしょう。少し食べながら話さない?」
 半ば強引に蓮華の手を引いていく。
「随分と心配そうだな、柘榴。」
 銀杏が言った。
「ああ。あいつ、外の世界を全く知らないから‥‥。」
「今までずっと籠の鳥だったのか?彼女は。大方お前が捕まえて離さなかったんだろう。」
「違うよ。あいつが外に出るのを嫌ってただけだ。」
 二人が側から離れると、柘榴と銀杏はワインを片手に話し始める。
「それにしてもかわいいなぁ、彼女は。お前に似なくて良かったな。」
 酒を口にし、見たことのない料理、つまり義母親が作らない料理を見てはしゃいでいる蓮華を眺めながら言う。
「ま、似てないのも当たり前か。」
「そのことは他の奴に言うなよ。それから、蓮華に対しても知らないように振舞えよな。」
「わかってるよ。」
 銀杏はにっこり笑って、柘榴のグラスに自分のそれを軽くあてる。
 それは、親友同士の了解の合図。
「それより、どうなんだ?いいオンナつかまったか?」
 柘榴が銀杏に言った。
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。石蕗のことだってほったらかしにして。石蕗、大変なんだぜ。両親から結婚しろって言われてるのに、お前のことが気になって動けないでいる。そろそろはっきり態度示せよ。」
 柘榴は、そう詰め寄られると思わず目をそらす。
「オレも解からないんだよ。どうしたらいいのか。」
 石蕗も蓮華も好きだ。
「お前の話を聞いていると、石蕗は蓮華と駄目だった時の敗者復活戦のためにとってあるって感じだな。」
「ンなこと!」
「図星だろ?」
「違う!そんなつもりじゃない。」
「蓮華とは血がつながってないとは言っても、建前は兄妹だ。結ばれない。」
「だから、石蕗を選ぶのか?随分と簡単な結論だな。それじゃぁ、オレが蓮華を口説いても構わないわけだ。」
 本当の気持ちに素直になれ。じゃないと幸せになれない。
「ああ、そうさ。ただし、蓮華がお前を選んだらの話だ。あいつが恋愛するのをオレが止める権利もないしな。」
 苛ついた声で柘榴は言った。半分やけになっているような言い方‥‥。
「誘うぞ。いいんだな。」
 ワイングラスを手に持ち、柘榴の肩を叩くと銀杏は言う。
「本当の気持ちを早く見つけろ。」
 銀杏は柘榴をその場に置いて、蓮華の方へ歩いていった。
 石蕗と蓮華‥‥。
 確かに銀杏に痛いところを突かれた。
 敗者復活戦とはおもしろいことを言うな。
 銀杏は蓮華と石蕗に話しかけ、笑わせている。そしてちらっと柘榴を見る。すると、石蕗が柘榴に寄ってきた。
「銀杏ったらすっかりあなたの妹さんがお気に入りのようね。私、邪魔みたい。」
 柘榴を真っ直ぐに見つめ、満面の笑みを浮かべる。
「ほら、楽しそう。」
 人見知り強かったのに、何時の間にか平気になった‥‥かな。
 それが、柘榴には悔しい。悔しいという自分の気持ちに気づかずに、嫉妬心を覗かせる。
 曲が変わった。
 銀杏が蓮華の手を引き、フロアに進み出た。
「とっても可愛いね。」
「えっ。」
 蓮華の頬は真紅に染まっていた。酒のせいか、その言葉のせいか。
「こっちを見て。ダンスをする時は、瞳を見るものだと誰かに言われなかった?」
 柘榴以外の男の人とこんなにも近づいたのは勿論初めて。それなにのに、瞳を見ろと彼は言う。頬だけでなく、体中が熱くなる。
 お化粧おかしくないかな‥‥。ドレスにしわついてないかな‥‥。手が汗かいちゃう。恥ずかしい!
 蓮華の落ち着かない様子を銀杏はじっと見ている。ますます、可愛らしいと思う。
「今度どこかへいかない?」
 銀杏が言った。
「二人で?」
 その言葉は何の気もなしに彼女から発せられた。
「二人だけが嫌なら誰か一緒でも勿論かまわないさ。」
 そう、ゆっくりとお互い知り合っていくのが、一番うまくいく方法だ。柘榴には悪いが。
「別に、嫌じゃないの。あの‥‥こんなこと初めてだから‥‥。」
 相手を傷つけたと思って、慌てて蓮華は言葉をつなげようとするが、うまくつながらない。
「嫌じゃないのなら、行こう。」
 こういう奥手な娘は多少強引でないとな。
「‥‥。」
 無言で笑顔で蓮華はうなづく。彼女は何も警戒していなかった。それは銀杏が柘榴の仲間である信頼と、安心させる温かい瞳のせい。あんなに他人を拒んだ自分をすっかり忘れていた。
「どこへ行きたい?」
 何故だろう。その瞳、吸い寄せられる。別の世界へ連れていかれそうな不思議な気になる。
「静かなところ。きれいで、落ち着くところ‥‥がいいな。」
 少し考えるような素振りを見せると銀杏が言う。
「‥‥海。行ったことある?」
 蓮華は首をふる。
 海だけじゃない。何処にも行ったことがない、に等しい。食事か以外に本当に出かけたことがない。それだけ、外で人と触れあうのが嫌いだった。恐かった。それなのに、今はこうして初対面の人と、こんなも身近で会話をしている。
 何故?
「じゃぁ、海はどんな所か知ってる?」
「絵で見たこと‥‥ある。」
 蓮華は言ってから後悔した。こんなことを言ってるようでは馬鹿と思われてしまう。
「月に照らされてとてもきれいなところを教えよう。海の色は、君の瞳のような色だよ。」
 決まりだね。
 曲が止む。次の曲のために、踊る人たちが入れ代わる。
「何か飲まないか?」
 窓の方へ振り替えると、柘榴が石蕗と話している様子が見えた。
 グラスを片手に、普段は人前ではあまり笑ったりしない柘榴が、笑顔を見せている。
 楽しそう‥‥。長いストレートヘアの女の子が好きなの?
 少しだけ横に垂らした、短くなってしまった自分の髪をつまみながら思う。
 それは間違いなく嫉妬。
 やがて、柘榴と石蕗は二人が近づくのに気づき、話を中断した。石蕗は蓮華に微笑みかけ「楽しかった?」と目で問う。蓮華はそれに対し軽くうなづくだけ。そしてイライラしている自分に気づく。
 今日の自分はどこかおかしい。熱くなったりイライラしたり、いつもの自分じゃない。そのことにも腹を立て、顔が歪んでしまいそうになる。
 落ち着かなくっちゃ。
「踊ったら暑くなっちゃった。少し涼んでくる。」
 気持ちを落ち着けるために、バルコニーに出ようとする。すると、銀杏もついていくと言う。
 柘榴もついていこうとするが、石蕗が止めた。
「わざわざ邪魔することないじゃない。」 ただ、その場に少しでも長く柘榴をとどめたいが為に言う。
 柘榴は、蓮華を自分のもとに縛り付けてでも拘束したい思いを必死にこらえる。
 外の空気は氷のように冷たく感じられた。きっとそれは、ホールが暑すぎたからだと蓮華は思う。
 バルコニーのてすりに寄りかかって、夜空を眺める。彼女はそうするのが好きなのだ。
「星がよく見えるね。今日は。」
 銀杏が後ろから言った。
「そうね。」
 小さな声で答えながらも、そんなの嘘と思う。
 いつもより少ないよ。きっと、この屋敷の明かりのせいで見えないの。いつも空を見ない人なのね。柘榴はそんな適当なこと言わない‥‥。
「好きな人いるの?」
「え?」
 急な質問に蓮華は銀杏の顔を見た。銀杏は「さぁ、答えて。」という表情。
「急にそんなこと言われても‥‥。」
「そうだな。」
 銀杏は小さく咳払いをする。
「じゃぁ、柘榴のことは好きかい?」
「ええ、好きよ。」
 何故そんなこと聞くの?
「迷わず答えたね。」
 とても深い意味をもつ言葉。
「どんな所が好き?」
「‥‥優しいところ。」
「それから?」
「それから‥‥強いところ。強くて温かい。」
「ふうん。」
 銀杏は腕組みをすると、考え事をしているように見えた。
「オレは、柘榴ほど魔力は強くないけれど、優しさなら誰にも負けない自信がある。それに、こう見えても結構頭良いんだ。覚えておいて欲しい。オレはそういう男だっていうこと。」
 どういう意味があって、銀杏がそんなことを言ったのか、蓮華にはわからなかった。暗示めいた言葉の連なり、理解できない。だから素直に問う。
「どういうこと?」
 一瞬間を置き、返事がないことを確認すると、蓮華は両手を後ろに組み、銀杏に背を向けた。
 少しめまいを感じながら‥‥。
「君は、恋を知らないんだね。」
 くすっという笑い声が微かに聞こえる。
「随分と焦らすのね。もういいわ。教えてくれないのなら、自分で考えるから。」
 彼女は銀杏を置き去りにしてホールに戻ろうとした。
 寒くなってきたし、何だかめまいもするし、イライラは解消されないし!
 あぁ一人になりたい。
「ごめん!焦らすつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと言うのが照れくさくて‥‥。君に惚れた!つきあってみないか?」
 刹那、蓮華が彼の視界から姿を消す。
「蓮華‥‥ちゃん!」
 彼女は窓に挟まれた壁にすがるようにして倒れていた。
 柘榴‥‥。
 銀杏は蓮華を抱き起こした。
 さっきの言葉は聞こえていただろうか。
 軽く体をゆすり、名を呼ぶと彼女はすぐに目を開けた。そこへ柘榴が石蕗を振り切って飛び込んでくる。
「大丈夫?ひどく体が冷たい‥‥。」
 彼女の頬に触れ、手を握り、銀杏が言った。彼の手を拒むように体を硬くしたが、それは 無駄‥‥。
「ちょっと‥‥貧血。ごめん。驚かしちゃった‥‥ね。」
 目を閉じ、額をおさえ、言葉を探しながら話した。
「控室で休んだほうがいいな。」
 これは柘榴の言葉。柘榴は銀杏の手から彼女を奪い返すかのようにして、立ち上がろうとするのを手伝った。
「足下、気をつけろ。」
 柘榴が横からしっかりと支えるが、それでも蓮華の足下はおぼつかない。すると見かねたように、彼は蓮華を抱きかかえる。
「柘榴‥‥いいよ。大丈夫だから‥‥。恥ずかしいよ‥‥。」
「黙れ!派手に踊ったり飲んだりしてるからだろうが。」
 貧血になるのは。お前が悪いんだぞ。自分の体ぐらいちゃんとコントロールしろ!
「ごめんなさい‥‥。」
 柘榴の腕に身を任せる蓮華。
 とても兄妹には見えない。
 オレが入り込む余地はないのか‥‥?柘榴よ、オレはマジだぜ。お前はどうしたいんだ‥‥?
控室では、ホールで鳴り響くあの壮大な音楽が、くぐもって聞こえるだけ。蓮華は紅茶を一口飲むと、ソファに横たわった。
「寒くないかい?」
 銀杏はそういって、彼女の肩に自分のタキシードの上着をかけてやる。
「ありがとう。心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫だから、二人ともホールに戻って。楽しんできて。」
 真珠のように白い顔で蓮華は言った。
「オレは君と一緒にここにいるよ。」
 そう言ったのは銀杏。
 柘榴は、蓮華に近づき彼女の頭を撫でる。
 最近、ますます貧血をおこしやすくなったな‥‥。
 柘榴はそう重い、そして「オレもここにいる。」と言おうとしたとき、石蕗が控室へ入ってきた。
「具合はどう?」
 おっとりとした声で尋ねた。見れば一目瞭然だというのに。彼女は蓮華が返事する間も与えようとはせず、続けた。
「柘榴が血相かえて飛び出していったから、ちょっと気になって。柘榴もなかなか戻ってこないし。」
 でも、ここで横になっているならもう大丈夫よね?銀杏もいることだし。私たちがここにいたらかえって邪魔よね。
 とても意味深い彼女の台詞。でも、こういった類の台詞は蓮華は良く理解できる。
 それは、彼女が生きた道故に。
 本当は柘榴にいてもらいたい。
 蓮華にそれを言わせんとする彼女の空間。今、完全にそれに支配されている。
「柘榴にいてほしかった?」
 二人がこの場を去った後、銀杏が言った。蓮華は答えることができない。
「柘榴は、君がこんな状態の時、どうする?血をくれるのか?」
 銀杏は、蓮華の視線に自分のそれを合わせ、彼女の首すじに真っ直ぐに手を伸ばす。
「柘榴がどうするか、なんてこと、オレには関係ない。オレはオレのやり方で今君を楽にしてあげる。」
 蓮華を包むように、覆い被さりながら左手で彼女の頸動脈に触れる。脈打つはずのその場所は、静かに息を潜めている。
 この瞬間、銀杏の考えが詠めた。
 血はいらない‥‥!
「いやっ、やめて。」
 銀杏の手を払いのけて上半身を無理矢理起こす。
 そして、突発的に行なってしまった自分の行為に後悔する。
「あ‥‥ごめんなさい。せっかくの好意に申し訳ないんだけれど‥‥。もう、大丈夫だから。‥‥じっとしていれば大丈夫だと思うの。」
 柘榴以外の血は受け入れられない?それとも、単に血を断って自分を追いつめるのか?
「ホールに戻りましょう。」
 蓮華は立ち上がり、銀杏の手を引く。
 意識がふっと離れそうな気がして‥‥。
 もう、絶対貧血にはならない!
 ‥‥と自分に言い聞かせ気力でたって歩いていく。
 ホールの相変わらずのきらびやかさに、目をくらませ、それでもゆっくりと進む。
 柘榴はそんな蓮華にあきれた視線を浴びせかける。彼女の性格をよく心得ていたから、もう何も言わなかったが‥‥。
posted by houmonkangoshimama at 19:36| Comment(0) | 小説 タイトル 「バンパイア」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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