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2009年08月26日

小説 andShe〜エピローグ

9島と彼女〜エピローグ〜
 大勢の声と、自分の体が動かされるのに気づいて目が覚めた。
 自然に顔が横を向いた。
 その状態で目を開ける。
「何?」
 ベッドの上じゃない。
 やだ宙に浮いてる。
「起きた?」
 耳の側で柘榴の声がする。
「寝ぼけてるな。まあいい。そのまま寝てろ。」
「ちょっと待って、何するの?」
 ふと不安が胸をよぎり、彼の服をつかんでいた。
「海に投げる気?」
 寝起きのくせに、随分とハードな事を思いつくもんだなあ。
「まさか。そんなことするかよ。俺達の島に着いたんだ。今から船を下りて、このまま俺とお前の家に行く。」
「柘榴と私の家?」
「言ったろ。これからずっと一緒にいるって。」
 本当にずっと一緒にいていいんだね。
 もう別れは来ないんだね?
 柘榴を、信じてみよう。
 彼女は何も言わずにうなづいた。
 また新しい環境。新しい陸地。
 初めて踏みいれる見知らぬ大地。
 何がどうなるか、ちっともわからないけれど、柘榴が一緒に居てくれるなら。
 蓮華を抱きかかえた柘榴が甲板に立つと、島の人達の歓声があがった。
 もう何も恐くない気がする。
posted by houmonkangoshimama at 19:07| Comment(0) | 小説 タイトル「and She・・・」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

小説 andShe〜8

8過去と彼女

 物心ついた時、私は既に施設にいた。決して良い生活ではなかったけれど、面倒を見てくれていた先生達は優しかったし、同じ境遇の、仲の良い友達がたくさんいた。
 それは、楽しい生活だった。
 毎日、小さな庭の、たった一つのブランコで遊んだ。小さな家だったけど、かくれんぼして遊んだ。どこでも、なんでも、私達の遊び場になった。
 多分それは九歳頃、私は勿論たった一人で、若い夫婦に引き取られた。そして、そこで虐待された。来る日も、来る日も、殴られ、蹴られ‥‥。いつも体中が痛かった。
 その夫婦の元に居る時の記憶はそれしかない。それは、恐怖から心を守るために、無意識的に記憶を失ったんだって、誰かが言っていた‥‥。
 私はまた、気がついたら施設にいた。
 次は十一歳頃、今度は一人暮らしの男性に引き取られた。彼はとてもお金持ちで、生活に困ることは何一つ無かった。昼間はとても優しくて、勉強も音楽も剣術も、全てを教えてくれたのは彼。
 でも‥‥その人には二つの顔があった。
 夜は別人。
 日が暮れると、彼は私のことを‥‥鞭を持って追い回した。
 二重人格だった。
 日が暮れるのが恐かった。
 毎日、夕陽を眺めては、夜が来ない事を願った。
 時間は無常だね。
 夜は必ずやって来る。
 闇は必ず私に襲い掛かってきた。彼と共に。 そして、それとは裏腹に、必ず朝もやってきた。
 必ず夜は明けた。
 いつも、朝陽が昇るのを待った‥‥。
 そんな日々を一体どれ位送ったのだろうか。そのこともあまりよく覚えていない。
 はっきり覚えているのは、夕陽と朝陽と恐怖とそして‥‥。
 ある日‥‥彼が剣を持って私を追いかけて来たこと。
 彼の剣が私の背中を引き裂いた。
 気が付いた時は、病院にいた。彼が二重人格だったことを告げられ、彼もまた、入院したことを知った。
 彼は私に手紙で謝り別れを告げた。
 四度目の別れ。
 背中の傷が漸く塞がった頃、叔父様が私の病室を訪ねてきた。
 叔父様は、二重人格だった彼の友人で、自分の家に来るようにと言ってくれた。
 叔父様の家は小さな村にあって、叔父様は私を優しく迎え入れてくれた。でも‥‥、とても生活が苦しい家だった。勿論叔父様の家族には歓迎されなかった‥‥。
 叔父様はあの客船の船長だったから、度々家をあけた。
 叔父様のいないあの家に、私の居場所はなくて、よく野宿した。
 それに気付いてか、叔父様はそのうち私を海に連れだしてくれるようになった。
 そして、あなた達にさらわれた。

 きっとそれが全てではない。安心感のある満足した生活を送れた日はろくになかったはずだ。彼女の体中の傷がそれを語っている。
 そんな生活の一日一日を言葉に表現することが、まだ出来ないのだろう。それだけ彼女の心を深く傷つけているのだ。過去が‥‥。
 しばらくの間、何も言わず、彼女を見守った。
「でも、叔父様と船に乗るようになってからは、とっても楽しかったのよ。」
 彼女は穏やかな表情で彼を見た。
「私、これからどうなっちゃうの?また一人になっちゃうの?」
 孤独が彼女を襲う恐怖。
 闇が彼女のトラウマ。
 蓮華に安心を。
 心の安寧を。
 心にきつく巻かれた糸をほどいてやりたい。
 孤独と闇におびえる彼女がいとおしい。
 そっと抱き締めて、多分今まで出したことのない位やさしい声で囁いた。
「ずっと、俺と一緒にいるんだよ。」
 信じてほしい。
 信じることができなくなった心。
 どうか、この一言だけでいいから、信じてほしい。
「ずっと?」
「そう。ずっと、俺と一緒にいるんだ。」
「時間は流れてる‥‥。いつかきっと別れは来るんだよ。柘榴は知らないの?」
 蓮華は目を細めた。
 声がかすれてきている。
「出会った同士が望んでいれば、別れなんて来ないんだよ。」
「そんなこと‥‥信じられないよ‥‥。」
 彼女の頬を、涙がつたう。
「苦しいよ。だって、すごく苦しいよ。体がぐちゃぐちゃになっちゃうよ‥‥。私、死んじゃうんでしょ。そしたら、真っ暗な中でまた一人になっちゃうんでしょ。」
「違う。死なない。こんな傷ぐらいで死んでたまるか。絶対に一人になんかならない。」
「柘榴の腕の中はあったかいね。‥‥次に目が覚めた時も、傍にいてくれたら‥‥。」
 蓮華は目を閉じた。
 いつだって、お前が目覚める時は傍にいる。
 だから信じてほしい。
 ずっと一緒に居よう。
 彼女は穏やかな表情で、ながい眠りについた。
 おとぎ話のお姫様のように。

 彼女が眠りについてから三日。
 どんな夢を見ているんだろう。
 でも、ずっと苦しんでる。
 熱は少し下がった。
「いつになったら目覚めるんだろう。」
 柘榴は目覚ましにコーヒーを飲む。
 窓辺で朝日を浴びて、髪をかきむしる。
 いらいらする。
 何故気づかなかった?自分が狙われてること。
 なんであいつが気づいて俺が気づかなかったんだ?
 海の男がたった一人の女を守れずに、男って言えるのか?
 なんで女に守られてんだよ!
 拳をつくっても当てられる場所がない。
 ああ!ちくしょー!
 いらだちは最高潮。叫びそうになるのを抑え、窓に背を向け、額に手を当てる。
 少し落ち着かないと。
 ふと、視線を上げ、彼女の方を見る。
 笑ってるみたいだ。
 熱また下がったかな。それとも良い夢みているのかな。
「‥‥!」
 彼女の顔が動く。
 視線は彼をとらえている。
「何?‥‥一人で‥パフォーマンス‥してるの?」
 静かにその唇は言葉を紡ぐ。
 起きてる!
 コーヒーカップを落としそうになる。
 落ち着け。
 ゆっくりベッドに近づき、彼女の髪を撫でる。
「本当に起きたんだな。」
 良かった。
「柘榴ったら酷い顔。痩せて‥‥不精髭生やして‥‥髪はボサボサ‥‥あ、目やについてる。」
 なんてみっともない顔しているの?
 そんな顔した柘榴、初めて見た。
「良かった。本当に。」
 目をこすり、手ぐしで髪をとかしながら柘榴は言う。
「傷は酷く痛む?」
「うん。痛い。」
 あ、言ってしまった。
「今、薬を持ってくる。まだ少し熱があるな。」
 額に触れる柘榴の手、冷たくて気持ち良い。
「吐き気は?何か食べられそうか?」
「気持ち悪くはないけど‥‥何も食べたくないの。」
「そりゃ困った。けど少なくとも何か飲んでもらわんとな。三日も飲まず食わずだ。体力も筋力もおちてる。体にエネルギーなんてもう残ってないゾ。鏡を見たら、びっくりだ。俺なんかよりずっと痩せた。」
「食べないと駄目ってことね。」
「そ。皆に顔見せたら、何か食べられそうなもの持ってくるから。ちょっと待ってろ。」
「うん。でも‥‥その前に、ちゃんと顔洗って‥‥髭そって‥‥髪整えて‥‥ちゃんと船長らしくして‥‥ね。」
「ああ、そうだな。」
 柘榴は苦笑する。

 窓から入り込む朝陽を浴びて彼女は思う。 私、生きてるんだ‥‥。
 目が覚めたとき、柘榴が傍に居て良かった、と思った。
 しかもあんなにやつれてた。柘榴にはちょっと悪いけど、そんな様子の柘榴が居てうれしかった。
 思い上がりかもしれないけど、心配されている気がしてうれしかった。
 生きてて良かった。
 初めて思った。
 私、ここに来て良かった。
 こんなふうに思える自分に驚く。
 すごく心地よかった。
posted by houmonkangoshimama at 07:39| Comment(0) | 小説 タイトル「and She・・・」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

小説 andShe〜7

7戦いと彼女
 船室の一角に、海の男達が集まっている。
 そこに蓮華も混ざっている。
 小さいから、一番机の側で、ちょっと小さくなって、皆に見下ろされるような不思議な感じを抱きながら。
 机の上の海の地図を、そこにいる全員が見つめている。
 柘榴が口火を切った。
「アフロディテとシナプスの航路が交わるのは何時だ?」
「明後日の正午です。」
 アフロディテの航路担当の一人が答える。
「銀杏、シナプスについての情報は?」
「かなり、しつこく、卑怯な海賊です。船自体に攻撃能力はなく、アフロディテよりも一回り小さい船です。それから、乗組員達の戦闘能力も全体的に私達より劣っていますが、油断はできません。」
「何故だ?」
「卑怯なんです。いつ、どんな手を使ってくるか分かりません。皆、用心してください。」
「勝算は?」
「最期まで気を抜かなければ、私達の敵ではありませんね。」
「よし!しっかり聞いたな!明後日の昼だ。全員戦闘の準備は整えておけ!
 当日の配置だが‥‥。」
 海の地図の上に、この船の見取り図を広げた。
 そして指で示しながら、柘榴は配置を発表する。
「‥‥後尾は桔梗。船室の入り口は銀杏。前は俺だ。いいな、気合い入れてけよ!」
 私は?
「ねえ柘榴私は?」
「お前は子供達と一緒に下の部屋で隠れていろ。」
「え‥‥!?私も一緒に戦うよ。こう見えても、結構剣うまいんだから。」
 この船の一員と思われているならば、皆と一緒のことをしていたい。
 同じように扱われたい。
 それが蓮華の願い。
 そう、彼女は変わったのだ。
「だめだ。危ない。」
 そんな彼女の気持ちもわからないわけではない。
 しかし、この船の上が戦場と化すのだ。
 そんな危険なところに、愛する人を連れて行けるわけがない。
「彼女の言う通り、剣の腕はなかなかです。そこの二人を一瞬でのしたくらいですからね。」
 銀杏が助け船を出す。
 そう、柘榴はあの客船で蓮華がどれだけ活躍したかを知らない。
「‥‥。」
 柘榴は考えている。
 蓮華は懇願する様に彼を見つめる。
 アイツが人を殺せるわけがない。それなのに大丈夫だろうか。
 俺は守りきれるのだろうか?
 銀杏が柘榴の肩に手をのせる。
 大丈夫だと思うのか?‥‥銀杏?
「わかった。じゃあ、蓮華は俺の側で戦え。今日はこれで解散。」
 海の男達がこの狭い部屋から散っていく。
 蓮華は柘榴の服を引っ張り、言った。
「ありがとう。」

「銀杏、本当に大丈夫だと思うか?」
 船員達が通常業務に戻った後、柘榴と銀杏は配置図を眺めながら話している。
「あなたは大丈夫ではないと思うのですか?」
 くすりと笑ってみせる。
 銀杏の話し方はいつだって丁寧だ。
 それが時々しゃくにさわる。
 どんな時でも、冷静で丁寧。それが長所。
 そんな銀杏が柘榴にとっては大事な右腕。
 一番信頼をおける仲間。親友。幼なじみ。
「じゃあお前はいい加減な気持ちであんなこと言ったのか?」
 冗談じゃない!
「決定したのは柘榴、あなたですよ。私はただ事実を言ったまで。蓮華の剣の腕は素晴らしい、とね。」
 柘榴は頭を抱え込んだ。
「油断さえしなければ、そんなに手強い相手ではありません。あなたの側で戦っていれば、それほど危険な目に遭うこともないでしょう。私は心配していません。」
 あなたは彼女を守る力を持っているでしょう。自信を持って下さい。
「他人事のように言うなあ、お前。」
「他人事ですから。」

 静かだ。
 蓮華はふと目を覚まし、左側を向いた。
 いつもそこに柘榴がいる。
 ‥‥いない。
 何処に行ったんだろう。
 外は月明かりで薄明るい。
 窓に寄って、カーテンを開け、外を見た。
 いないかな‥‥?
 甲板に人影はない。
 ‥‥あれ?
 何かが聞こえる。
 海の音に紛れて微かに聞こえる。
 不思議な音色。音楽。
 窓の外から聞こえてくる綺麗な音色に魅かれて、蓮華は部屋を出る。
 闇は恐いのに、明かりも持たずに甲板まで走った。
 外は生暖かい風が吹く。
 潮の強い香り、金色の月の光、寝起きの彼女には少しキツイ光。
 音は何処?
 船の先頭へ行き、海に身を乗り出し、海から聞こえてくるのではない、と分かると振り返る。
 振り返った先には、彼がいた。
 船室の壁に寄りかかり、楽器を構える柘榴。
「こんなところで何をしているの?」
 近寄り、彼女から問う。
 彼の様子に、彼女はドキドキした。
 けだるそうに髪をかきあげる。
 不安そうに何かを思うその両肩。
 そんな様子初めてみた。
 だから、心配になって、彼女の方から声をかけた。
「見ての通り、音楽会。」
 そう言って、柘榴は楽器を膝の上に置き、座り直した。
「隣に座ってもいい?」
「勿論。」
 心配で、声をかけたのは自分。
 でも、何を話したらいいか分からなくて、彼女は黙り、俯く。
 柘榴は空を見上げ、黙ってる。
 私ったら、一体何をやっているのかしら!
「何しに来たんだ?ちゃんと寝なきゃだめだろ。明日起きられないぞ。」
 口調は乱暴。でも優しさはある。
 私余計なことしてる?
「‥‥ちょっと目を覚ましたら、柘榴がいないから。そしたら、きれいな音色が聞こえて‥‥。」
 一人で部屋に戻ったほうがいいのかな?
「そうか‥‥。」
「あ‥‥、ねえ、さっきの曲、聞かせて。とてもきれいな曲だった。」
 今までに見たことのない、静かな柘榴。いつもみたいな元気を見せて。そう思って、彼女は言う。
 黙って、彼は楽器を構える。
 そして澄んだ音を響かせた。
 波の音を貫き、響く、その音色。
 心を落ち着かせるその音楽。
 楽器は、奏でる人の性格をあらわす、と前に聞いたことがある。
「音楽は好きか?」
 突然手を止め、彼は尋ねた。
 彼女はうなづく。
「これ、なんていう楽器か知ってる?」
 自分の持つそれを、良く見えるように彼女に差し出す。
「知ってるわ。バイオリンでしょ。」
「へえ、知ってるんだ。お前、本当変なところで物知りだな。
 弾いたことはある?」
「ないわ。でも、ピアノなら弾けるの。すごいでしょ。」
 誇らしげに言った。
「へえ、そうか。
 島へ戻ったら、聴かせてもらおう。‥‥楽しみだな。」
 柘榴が少し微笑んだ。
 落ち着く‥‥。
 そして再び柘榴は楽器を構える。
「今度、バイオリンの弾き方、教えてやるな。この一曲を弾き終わったら、もう寝よう。
 ‥‥ありがと‥‥な。」
 蓮華も微笑む。
 お互いの心は楽器を通じて開かれる。

「準備はいいかー!」
 柘榴の呼びかけに、全員が答える。
 蓮華は表情を硬くしながら、海の向こうの船を見つめてる。近づいてくる。
「蓮華、肩の力を抜けよ。」
「はい。」
「子供達はどうした?」
「大丈夫。ちゃんと部屋に閉じ込もってるわ。」
 前に私が話した通り。
 お互いの船は側面を向き合わせる。
 その距離は約100m。
「アフロディテの柘榴だ!」
 敵の船に向かって柘榴が叫ぶ。
「シナプスの樫だ!」
 アフロディテの船長とシナプスの船長が「負けない」という思いを込めて、見つめ合う。
「行け!」
 二人のそのかけ声に合わせて、船員達は敵の船に飛び込む。
 敵も来る。
 蓮華の前に男が海を飛び越えて、きれいに着地してみせた。
 そして顔を上げて、ニッと笑う。
「こんな女の子を戦わせるなんて、ひどい船長だなあ。」
 一撃で潰してやる、と言わんばかり。
 そのたくましい体をした海の男に、彼女は悪魔の微笑みを見せる。
 右手で剣を抜き、両手で構える。
 準備はできた。
 蓮華の剣が男を切りつける。
 男はそれを剣で受ける。
 力じゃかなわない。
 だから彼女は、すぐに男から離れて、スキを伺う。
 その男が、か弱い女だと思って馬鹿にしているから、スキはすぐに見つかる。
 彼女が手摺を背にしたとき、襲いかかる男の懐で、彼女は左手で鞘を手にとって、男のみぞおちを思いきり突き上げる。前屈みになって、動きを止めた瞬間、彼女は立ち上がりながら、男の襟元をつかみ、軽く引いた。それだけで、男は海に落ちる。
 力がなくても勝てる。蓮華にはそんな技がある。
 そしてまた、新たに男が襲いかかる。
 攻撃を軽く交わし、また、海に落としてやった。
 やっぱり直接殺すことはできないだろうな‥‥。
 柘榴は横目で彼女を見ながら戦っている。

 戦いが終了するのに、それほど時間はかからなかった。
 何故なら、樫は戦闘開始後、すぐに柘榴の前に姿を現し、まもなく、二人だけの戦いが始まったから。
 そして、柘榴が明らかに有利に戦っていたから。
 樫は力尽きて甲板に倒れ込む。
「さあ、どうする?」
 柘榴が言う。
 その場にいた全員が彼を見ている。
 柘榴に剣を突きつけられ、自殺するか、殺されるか、許しを請い配下に見捨てられるか、そんな追いつめられた状況なのに、樫は不敵に笑う。
 なんだろう?
 それを見て、蓮華はあたりを見回す。
 シナプスの船室の陰から、矢が柘榴を狙っている。
 蓮華のほかに誰も気づいてない。
 柘榴が危ない!
 咄嗟に、蓮華は走った。
 柘榴に飛びつき壁になる。
「痛っ!」
 厚いものを切り裂く音がした。
「蓮華?」
 柘榴が彼女を抱き止めると、彼女の右肩に銀色の矢が見えた。
 柘榴は反射的に顔を上げ、シナプスの方を見ると、船室に身を隠そうとする影が見えた。
「ちっ、しくじったか。」
 樫が言う。
 そして剣を手に取る。
 そこで柘榴は何が起きたか理解した。
「貴様、許さん!」
 ぐったりとした蓮華を左手で抱きかかえたまま、柘榴は樫が立ち上がる前に、首を切り落とした。
 この瞬間、アフロディテの勝利が決まる。
 シナプスの船員達はあわてて船に戻っていく。
「銀杏!シナプスの方を頼んだぞ!船に積んである物は残らず奪ってくるんだ。それから、奴を、矢を放った奴だけは殺さずつれてこい。」
「了解。」
 銀杏は樫の首を片手に、船員達を引き連れて、シナプスへ飛び移る。
「桔梗!
真水、それから乾いたタオルとアルコール、薬草、持ってこい!」
「はいよ!」
 柘榴は彼女を抱えたまま、静かにその場に腰を下ろす。
「蓮華、大丈夫か?」
 柘榴は囁く。
「柘榴‥‥痛いよ。」
 彼女の左手が、力一杯柘榴の服を掴んでる。
 力一杯掴むことで、泣き叫ぶことを我慢してる。
「ああ、すぐ楽になるからな。眠ってていいぞ。力を抜いて。そう。大丈夫だ。目をつぶって、深呼吸して、いい子だ。」
 片手でポケットからナイフを取り出すと、矢が刺さってる周囲の服を破いた。
 桔梗が持ってきたアルコールを口に含むと、一気に傷口に吹きつけた。
「ああっ!」
 言葉にならない叫び。
「ちょっとの我慢だ。すぐ楽になる。力を抜いて、目を閉じて、眠ってていいんだから。大丈夫だよ。俺がついてるから。」
 さあ、意識を手放せ。そう、それでいい。

 縄で束縛され、傷だらけの男。
 柘榴を狙い、蓮華を弓でいたあの男。
 甲板で、船室の壁に寄りかかり、俯き、足をなげだし、ぐったりとした様子で座っている。
 柘榴と銀杏がその男を取り囲む。
「蓮華の傷の具合はどうですか?」
 男から目を離さずに二人は話す。
「傷自体は深くはないが、やっかいな毒が盛ってあってな。大した薬もないし。‥‥」
「今はどうしてるんですか?」
「眠っているよ。」
「一人で?」
「いや、桔梗がついてくれてる。」
「そうですか。
 さて、この男、どうしましょうか?」
「そうだな‥‥。」
 柘榴は一歩前に出て、男の前に膝を付く。
 そして、顎を掴んで顔を上げさせた。
「貴様、名前は?」
「‥‥。」
「しゃべる力も残ってないか。」
 胸倉を掴んで無理矢理立たせる。
 剣を抜き、男の眉間に狙いを定め、突き立てる。
 しかし、そこは眉間ではなく、男の顔の横。
 頬をかすり、髪が切れてハラハラと床に落ちる。
「動じない‥‥か。もう死ぬ覚悟はできているようだな。銀杏。」
 銀杏に手に持っていた剣を渡す。
 右手で拳を作り、男の頬を殴りつけた。
 倒れそうになるのを左手で支え、みぞおちに一発と、前屈みになったところで、握った両手で背中を打ちつけた。
 男はそれで気絶する。
「気がすんだ。海に捨てておけ。」

 彼女の寝息はとても静かだ。
 しかし、寝顔はどことなく苦しそう。
 まさか、この子が柘榴をかばうなんて‥‥。
 あんなに警戒していたのに、いつのまにか大事に思うようになってたんだ。
 だからって、当たらなくたっていいじゃない。
 柘榴なら毒矢が当たったって大したことないんだから。
 あんな丈夫な奴、毒ぐらいじゃ死なないのよ。
 あなたが当たったら毒でひどく苦しむのは目に見えているじゃない。
「馬鹿ね。」
 桔梗は、妹を見るような目で彼女を見つめていた。
 そして、部屋のドアが開く音で振り返る。
「蓮華、起きた?」
「まだ。」
「そっか。」
 部屋に入ってきたのは柘榴。
 彼はベッドの端に腰を下ろし、額に触れる。
 熱はないようだ。
「桔梗、ありがとう。もう行っていいぞ。飯の支度とかあるだろ。」
「大丈夫?」
「ああ。まだしばらくは起きないだろうし、後は俺が。」
 桔梗は相槌を打つと立ち上がった。
「船長、ちょっといいっスか?」
 そこへ船員の一人が入ってくる。
「ん?なんだ?」
「子供達が、部屋のドアを開けないんスけど、船長か、蓮華さんが来るまで開けないと言い張って。それから、積み荷の選択をお願いしまス。」
「ああ、わかった。今行く。」
 子供達が立てこもったのか‥‥。
 蓮華がそうするように教えたんだろうな。
「柘榴、まだ、しばらくここに行ようか?」
 桔梗が言う。
「いや、飯の支度に行ってくれ。」
「蓮華は?」
「まだしばらく起きないだろう。すぐに戻るよ。」
 桔梗に答える。更に柘榴は船員に言った。
「積み荷のことは銀杏に言ってくれ。」

 トントン
 子供達の部屋のドアを軽くノックする。
「開けろ。もう戦いは終わった。」
「誰?」
 ドアの向こうから声がする。
 筑紫だ。
「俺だ。柘榴だ。」
「本当に‥‥船長?」
「ああ、そうだ。」
「柘榴、勝った?」
「勿論勝った。」
「ちょっと待ってて。」
 筑紫が言うと、まもなく、ドタバタと何かを動かす大きな音がした。
 柘榴は壁に寄りかかり、そのまましばらく待った。
 そしてドアが開く。
「お待たせ。」
 筑紫が言う。
「待つのはいいが、ちょっと簡単に開けすぎだぞ。もし敵が声色をまねしていたらどうするんだ?今度は、俺とお前らと蓮華にしかわからない合い言葉でも考えよう。」
 笑顔で柘榴は言い、筑紫の頭を撫でた。
「ごくろうだったな。みんな無事か?」
 部屋の中はぐちゃぐちゃだった。
 柘榴は子供達の顔を見回す。
 様子のおかしい奴は‥‥。
「ざ‥‥船長、桜がちょっと様子がおかしいんだ。」
「桜?どれ、桜こっち来い。」
 柘榴は、半ベソをかいて部屋の隅に座っている桜を抱き寄せ、しゃがんで視線を合わせ、その子の顔をしっかりと見る。
「どうした?恐かったのか?もう大丈夫だぞ。」
 桜の呼吸は異常に速い。
 少し熱っぽく、震えている。
 ちょっと心配だな‥‥。
「ほかに具合の悪い奴はいないか?」
「大丈夫。」
「平気。」
 元気な返事が返ってくる。
 心配ないな。
「筑紫、布団敷いてくれ。ほら、大丈夫だぞ。桜。もう平気だ。」
 柘榴は胡座をかいて座り、膝の上に桜を乗せた。
 軽く背中をたたいて、落ち着かせようとする。
「船長、用意できたよ。」
「お、サンキュ。」
「桜、大丈夫?」
「ああ、ちょっと興奮しているだけだ。落ち着いて休めばすぐ元気になる。」
「そう、良かった。」
「ねぇ、蓮華姉ちゃんは?来ないの?」
 椿が柘榴に聞いた。
「んーちょっとな‥‥。」
「姉ちゃんどうかしたの?」
 筑紫と竹が同時に尋ねた。
「怪我しちゃってな、部屋で休んでるんだ。」
「ウソ、大丈夫なの?」
「ああ、大した怪我じゃない。」
「そう‥‥。」
 漸く、桜は泣きやみ、呼吸も落ち着き、ウトウトと眠り出した。
「ほら、桜はもう大丈夫だ。このまま暫く寝かせてやってな。まわりで騒ぐんじゃないぞ。それから、ドアを少し開けて、風通しよくしとけよ。」
 筑紫にそう命じ、柘榴は桜をそっと布団に寝かせた。
 薄い掛け布団をかけて、完全に寝入ったのを見届ける。
「それじゃあ、俺は行くぞ。筑紫、後は頼んだぞ。」
「おう、任せとけ。なぁ、船長。」
「何だ?」
「後で、姉ちゃんに会いに行ってもいい?」
「そうだな‥‥。あいつがもう少し元気になってからな。」
「そう。」
 柘榴は立ち上がり、部屋を出る。
「柘榴!」
「ん?」
 筑紫は部屋を出る柘榴についてくる。
「あ、ごめん、船長だ。」
「何だ、まだ何か用か?」
「姉ちゃん、悪いの?」
「‥‥大丈夫だ。心配ない。」
「船長、何だかすっげー優しくなったな。俺、びっくりしたよ。」
「‥‥、じゃあな、また後でな。」
 柘榴は背中越しに告げ、その場を去る。
 確かに、そうかもしれないな。
 前の俺だったら、抱いてやったりしなかったろうな。
 何でかな‥‥。
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