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2010年01月28日

小説タイトル intehgray5

5 壁の向こうにあるもの

 雨は次第に強くなっていった。澄み渡った青空の面影はなく、既に厚い雲に支配されていた。

 雨と、光を遮った雲が、バイクを走らせる華楠の視界を不明瞭にしていた。ヘルメットのお陰で、頭こそ濡れなかったけれど、その他は下着までずぶ濡れだった。

 アパートにたどり着き、ヘルメットをはずして、視界が悪かったのは雨のせいだけじゃなかったと、初めて気が付いた。

 階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。外は蒸し暑いというのに、体は冷たく冷えきっていた。

「なんだったの? ……梓夕は何を言っていたの?意味がよくわかんないよォー。」

 雨か涙か鼻水か……。ぐちょぐちょに濡れた顔と体をタオルで拭く。部屋のカーテンを閉め、着替えを引っ張り出した。華楠は髪を拭きながら、部屋の中央に立ったまま、鉄橋の側で梓夕が言った言葉を思い出し、考える。どうしてモデルになってくれないの?私と梓夕の生きる道が交わらないって、何の関係があるのよ。どうしてそんなに悲しいこと言うの?どうして?どうして?どうして?

 いくら考えてもわからなかった。

 外は静かになった。

通り雨は過ぎたようだ。

華楠はカバンから手帳を取り出し、ページをめくる。そして受話器を手に取った。



華楠は乾いた服に着替えると、再びヘルメットを持って部屋を飛び出した。夜の帳が下りてくる。



 「オールウェイズ」市街。

 市の中心には「春」と言う名のメインストリートがあり、その通りに面して、大きな公園があった。

 公園には子供達が遊ぶための砂場も、大人たちが心を休める噴水もあった。

 時計を描いた花壇もあったが、この時間帯ではその美しさはわからない。

 華楠は噴水を背にして、その下に広がる浅い階段に腰掛けた。

 その位置からは闇に包まれた花壇が見える。

 ヘルメットを抱きかかえ俯いた。溜息を一つ、二つ……。

 背後から肩を叩かれて、華楠は振り返った。

 葉芝大介が立っていた。

「久しぶり。まさか君から連絡をくれるとは思ってもみなかったよ。」

 葉芝はそう言うと、華楠の隣に腰を下ろした。

 俳優である葉芝は、かなり名を馳せており、フアンも多い。周囲に人がいれば間違いなく彼は囲まれるだろう。しかし、今の彼は帽子さえも被らず、身を隠そうと言う様子が伺えなかった。

「葉芝さん……大丈夫なんですか?」

「何が?」

「人に見られたら大変なんじゃ……。」

「心配ないよ。この時間ならね。それより、久しぶりに会ったのに最初の台詞がそれ?」

「ごめんなさい。ご無沙汰しています。こんな時間に突然呼び出してしまって……。」

 華楠は深々と頭を下げた。

「ほんと、びっくりしたよ。

 それで、何かあった?君が俺を呼び出すなんて、よっぽど何かがあったんだろう?

 だって、ポスター撮影以来、一度食事に行ったっきりだもんな。」

「葉芝さんがなんでも相談に乗ってくれるって言うから……。」

「ああ。勿論君みたいに可愛い子の相談ならいくらでも。」

 葉芝は軽い口調で言ったが、表情は真剣だった。だから、華楠は、梓夕との出来事を話し出した。

 葉芝はしきりに相打ちを打ちながら話を聞いていた。途中で話の腰を折るようなことはしなかったから、華楠も心ゆくまで話すことが出来た。もっとも、最後の方は涙が止まらなくてうまく言葉になっていなかったが……。

 葉芝は華楠にハンカチを渡した。

 その優しさがうれしかった。

「そんな弱虫な男なんてほっといて、俺の写真撮ってよ。」

 葉芝は真顔だった。

「俺さ、一生独身貴族でいようなんて思ってたけど、君が相手なら落ち着いてもいいかなあって思うんだ。」

 葉芝は華楠の顔を覗き込んだ。

 華楠は突然の葉芝の発言に驚き、言葉を失っていた。

「なーんて。冗談だよ。」

「びっくりした……。」

「涙止まっただろ。」

 華楠は小さく頷いた。

「さて、本題に戻ろうか。

 君が好きになった男はとんだ臆病者だよ。」

「あの……好きかどうかはよくわからないんですけど……。」

「でも、君の話を聞いた限りでは、君は彼を好きだし、間違いなく彼は君に恋していると思う。

 だからこそ彼はこれ以上君を愛してしまうことが恐い。」

「意味がよくわからない。」

「つまり、君なしでは生きていけないほど愛してしまったら、いつか君を失った時のことを考えると不安でたまらなくなる。

 或いは、君が天使だとして、彼が悪魔だったら、君を地獄に引きずり込んで汚してまうのではなかろうかと恐くなる。

 それとも、欲しくてたまらなかった人形が、いざ手に入ったら、どうでもよくなって捨ててしまう。君がその人形の立場だったら酷く傷つくだろう。そんな風に君を傷つけたくない。

 だから彼は、君が手の届かない遠い所に居る事を望んでいるんだろうな。君が彼の写真を撮るという事は、壁を乗り越えて彼に近づくことになるだろう?距離が縮まったら君を陥れてしまうことにならないかと恐くなるんだ。」

 段々解ってきた。

 解れば解る程に、腹が立った。

「なんで?どうしてそんな風に考えるの?」

「恋したからさ。恋は人を臆病にする。同時に人を強くもする。もう少し年を重ねたらわかるようになるさ。」

「葉芝さんはそんな風に思ったことある?」

「あるよ。」

「……私どうしたらいいの?」

「君の思う通り、ぶつかっていけばいいそれを受け止められないような男は男じゃない。その時はまた俺のところに来いよ。」

 華楠は大きく頷いた。

「葉芝さん、ありがとう。

 また今度食事しましょう。」

「ああ。気をつけて帰れよ。」

 華楠は小走りで公園を出て行った。

「いい女なんだがなあ。十六歳相手じゃ、犯罪だもんな……。あと十年出会うのが遅かったらなあ。」

 葉芝は華楠の背中を見て呟いた。
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2010年01月02日

小説 inthegray〜4−3

4-2
 薄暗がりの中、アパートにたどりついた華楠は自室には向かわず、一階に住む瑠璃の部屋を訪れた。

 ドアを叩くと瑠璃はすぐに部屋から顔を出し、華楠を迎え入れた。

 今日の瑠璃はシャツにG−パンといったごく普通の装い。化粧も薄く、長い髪は無造作に束ねている。どうやら仕事は休みのようだった。

 華楠は荷物を置くと、コタツ机を前に座りこみ、机に頬をつけてまた一つ溜息をついた。

「かなちゃん、どーしたの?」

 瑠璃は華楠の左側に座ると、お茶を差し出した。

「ごめんなさい。突然押しかけてしまって……。」

「あら、いいのよう、そんなこと。

 かなちゃんならいつでも大歓迎。」

 瑠璃は甘い声で喜びを表現する。

「瑠璃さん優しい!」

 華楠は瑠璃に抱きついた。花の蜜のような甘い香水の香りがした。

 瑠璃は男を思い出させる腕でそっと華楠を抱きしめた。

「泣いたっていいのよ。あたしは男じゃないんだし。」

「ありがと。」

 凍りついていた華楠の心は、瑠璃の抱擁で次第に溶けていく。

 緊張が解けて心が軽くなっていくのを感じていた。

「瑠璃さんといると何だかほっとする。

 大分落ちついた。ありがと。」

「いいのよぅ。」

「私、何かあるとこうやっていつも瑠璃さんに抱きついてるね。迷惑じゃない?」

「迷惑だなんてとんでもない。かなちゃんみたいにかわいい子ならいつでもOK。それに私の愛したダーリンの妹だものね。

 ね、今丁度夕飯の支度が出来たんだけど、食べてくでしょ?」

「うん。」

「ちょっと待っててね。」

  布団のないコタツ机が瑠璃の部屋では食卓となる。ご飯に味噌汁に、綺麗に盛り付けられた惣菜。元男だった人間が作ったとはとても思えなかった。

 しばらくは黙々と出された料理に箸をつけた。瑠璃も何も言わず、しかしお茶をついだり、気を使ってくれた。

 温かかった。その空間が。

 だから、自然と口が動き、今日あった出来事を瑠璃に話していた。

 梓夕の写真を撮りたくてそのことばかりを考えていたこと。

 梓夕が一週間ぶりに店に顔を出し、とてもうれしかったこと。

 梓夕の表情や行動全てが冷たくて、とても悲しくなったこと。

 華楠が全てを話し終わり、食事が済むと、瑠璃は冷蔵庫で冷やしてあった桃を出して華楠に勧めた。

「悲しいときは食べて寝るのが一番。楽になるわよ。」

 もし、華楠の母が生きていたとしたら、こんな風に穏やかに力づけてくれるのだろうか。

 瑠璃はこの街で一番甘えられる存在。

「桃なんて何年ぶりかな。」

「一人暮らしでも、果物は食べなくちゃ駄目よ。ビタミンCが沢山含まれてるんだから。」

 きっと、母というものは、こんな風に子供を諭すんだろう。

「おいしー。」

「かなちゃんは、カレに恋しちゃったのね。」

「マスターにも言われたけれど……。

 そんなつもりじゃないのよ。」

「でもカレの写真を撮りたいんでしょ。」

 華楠は頷く。

「これはおかまとしての勘だけど、カレも決してあなたのことが嫌いになったというわけじゃあないと思うの。

 カレ、どんな仕事してるか知らないけれど、この街に流れてくるぐらいだから、胸張って言えるような生き方はしてないんじゃないかしら。だから、かなちゃんと関わるのが恐いんだと思うの。」

「どうして?」

「もし私がカレの立場だったら、かなちゃんの純真さに恐れをなして逃げ出すかもしれないわね。」

「私、そんなんじゃない。」

「かなちゃんがそう思ってなくても、カレは思うかもしれない。」

「……。よくわからない。」

「でも、いい機会だから、カレのこと忘れてしまったら?写真のモデルなら、きっともっといい人が見つかるわよ。」

「どうしてそんなこと言うの?私が撮りたいのは梓夕なの。」

泣きそうな声を出してうつむく華楠。瑠璃は彼女の頬にそっと触れた。

「だって、私、見てしまったのよ。」

 ?

「カレが女の子と抱き合うようにして、風俗店に入っていく姿を……。

 カレがあなたの目にどんな姿で映っていたのかはわからないけれど、カレにとって、あなたは性欲を満たす対象でしかないってことも考えられるのよ。

そんな人に大切な妹を渡せるわけがないじゃない。」

「違う。梓夕はそんな人じゃない。瑠璃さん酷いよ。」

「ええ。どんな酷いことでも言うわ。だって、あの人が死んだときのように、身も心も傷ついたあなたはもう見たくないもの。

 カレのことは忘れるべきよ。」

 瑠璃は華楠を引き寄せ、抱きしめた。
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2009年12月24日

小説 inthegray〜4-1

4 支えとなる存在
4-1
 梓夕が料理屋吉に姿を見せなくなってから一週間が経った。

 華楠はテーブルに料理を運び、カウンターに戻るたびに溜息をついた。

 昼食時を過ぎ、客足が途絶えがちになってきた頃、吉之助は華楠の様子を見かねて厨房から出てきて、話し掛けた。

「どうした?ここ数日溜息ついてばかりで。

 来る客皆が心配してるぞ。」

「すいません……。」

「いや、謝る必要はないが、何か悩み事でもあるのかい?それとも体の調子でも悪いのかい?それだったら今日はもう帰って休みなさい。」

「いえ、調子はいいんですよ。悩んでいるつもりもないんだけど……。」

 華楠は手に持っていたトレイをカウンターテーブルに置き、店の入り口を見た。そしてもう一つ溜息をついた。

「梓夕が来ないからかい?」

 華楠は頷く。

「そうか。あの男に惚れたか!」

 華楠は吉之助の一言に慌てて首を横に振る。

「そんなじゃないですよ。

 ただ毎日のように来てくれていたのに突然来なくなったから気になっているだけ。」

「本当にそれだけかい?

 とてもそれだけには見えないがなあ。」

 吉之助は店内を見渡した。今いる客はわずかだし、既に食休めしている様子だった。

 もうしばらくは華楠と話が出来そうだ。

「梓夕と話している君は、いい笑顔見せるし、本当にうれしそうだ。あんな顔、お前の兄貴が死んでからは久しく見ていなかったなあ。」

「私はただ心配してるだけですよ、ホントに。だって、仮にも彼はお隣さんだし、常連さんだし。引っ越した様子はないから、何かあったんじゃないかと思って。こんな街だし……。」

「まあいいだろう。

 だけど、君の兄貴の親友として、これだけは言っておくよ。ああいう男を好きになっちゃ駄目だ。君は普通の男を好きになって、そしていつかこの街を離れて安全な所で幸せに暮らすんだ。

 いいね。」

 それは華楠の死んだ兄の願いだった。彼女の兄は、常日頃から、華楠にそう言い聞かせていた。華楠も兄の願いに沿うように生きようと思ってはいた。

 しかし兄が死んでからは、そう思ったことはない。

 どうして梓夕は姿を見せないのだろう。仕事が忙しいのだろうか。何処かで危ない目に合っているんじゃなかろうか。

 華楠は無性に梓夕に会いたくなった。そしてこのカウンターごしに他愛もない話を延々と続けたかった。それから、彼の写真が撮りたい。

 あとはずっと、梓夕の写真を撮ることばかりを考えていた。夏の陽射しも彼には似合うかもしれないが、秋も間近に迫っていることだし、舞い落ちるきんいろ黄金色の銀杏の葉の方が、梓夕が纏う雰囲気を表現できると思った。それから階段に座り込んでいる彼の後姿や青空を仰ぎ見る彼の後姿。……彼の背中を追いかけたかった。いつも何かを語ろうとしている彼の背中を。

 日が傾き始め、店内が薄暗くなってきたので華楠は照明をつけた。

 間もなく帰る時間だ。

 華楠は大きく溜息をついた。

「今日も来なかった……。」

 厨房から吉之助が顔を出し「ごくろーさん」と彼女に告げた。彼女は軽く頭を下げると、エプロンをはずした。荷物をとりに行こうと、カウンター横のカーテンをくぐろうとしたとき、ドアベルがけたたましい音を立てたので、華楠も吉之助も振り返った。

 そこに立っていたのは梓夕。

 華楠の顔には笑顔が戻り、もう一度、エプロンを身につけるとカウンターへ戻った。吉之助もにっこり微笑んで厨房へ入っていく。

「いらっしゃい。しばらく来なかったから心配してたんだ。何かあった?」

 華楠はカウンターから身を乗り出し、飛び切りの笑顔で梓夕に話し掛けた。

「お前には関係ない。」

 梓夕は抑揚のない声で言った。

 梓夕は一週間かかりっきりだった仕事を片付けてからずっと、いらつきがおさまらなかった。本当は誰にも会いたくなかったけれど、これまた腹のたつことに食欲には勝てなかったので、ここへやってきた。

 いつもなら惹かれる華楠の輝きでさえも、梓夕のイラツキに拍車をかけた。

 華楠は梓夕の声とその一言に凍りついていた。グラスを差し出す手も震え、声も上ずった。

「今日は何にする?」

「ウィスキーロック。」

 梓夕はその目を伏せたまま華楠に告げた。

 彼女は針の様な彼の刺々しさに、氷のような冷たさに、恐怖を感じた。今まで自分と会っていた梓夕とはまるで別人だと思った。彼女が撮りたかった写真の構想が、音をたてて崩れていく、そんな気がした。

 でも、今、目の前にいる彼も梓夕なんだ。

 梓夕の様子に気づいた吉之助は、カウンターに出ると、華楠の肩に手を置き、帰るように合図した。そしてウィスキーのボトルを手に取った。
posted by houmonkangoshimama at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 タイトル「in the gray」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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